【地域リハビリ】最後のセラピストとしての自覚

このブログでも何度か書いているが、地域リハビリテーションの現場で働いているセラピストはその利用者さんにとって最後のセラピストである可能性が非常に高い。だからこそ、生活のことをしっかり見てその人に合わせたリハビリテーションの実践が必要なんだってことを書いてみた。


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最後がわかるってこと

病院で働いているセラピストの多くは、担当した患者さんの1年後2年後、5年後とかの状態を知る機会がほとんどない。外来で通っているとわかるけど、外来が終了になったら知りようがないと思う。

だけど、老健とか訪問リハビリとか、通所リハビリなどで利用者さんとかかわっていると、お付きあいの期間がものすごーく長くなることがあるし、短期入院とかしても復帰されてくるし、万が一お亡くなりになってもご家族さんからその情報がもたらされることが多い。

地域で働いていることを改めて感じるのが、そういった利用者さんの生活の状況をこのように把握できることだ。

私は老健で働いていたときにこのことを知った。

恥ずかしながら担当している利用者さんが何人かお亡くなりになって、はじめて

自分が最後の担当セラピストだった

ってことを思い知らされた。それまでは、自分が最後のセラピストなんだって自覚はなかった。

亡くなってから気づくこと

自分が最後のセラピストだったって気づいたときには、担当の利用者さんはすでに亡くなっていた。

そうなってからいろいろ考えてしまう。

  • もっと支援できることはなかったのか?
  • 自分のかかわり方はあれでよかったのか?

ホントなら利用者さんの生前にもっと考えることがあったのではないかって考えが頭をよぎる。それからなんです、地域で働くってことは最後のセラピストになる可能性が非常に高いんだってことを強く自覚したのは。

QOLを変えることのできる職業

その方の人生が終盤に差し掛かって、その方のQOLに関わることのできる作業療法士として、より良いかかわり方ができたのかってことをいつも考えています。

私のかかわり方で、QOLが変わるかもしれない。それが利用者さんの生活に何か意味があるのかも知れない。だから、最後のセラピストとしてできる限りのアプローチを考える。

ほかの職種ではできないことだと思っています。

高齢者だけでなく

医療保険で小児の訪問にもかかわっていますが、超重症児といわれるような子供さんの場合、やはりお亡くなりになってしまわれる担当児もいました。

地域で働いていると、高齢者でも子どもさんでもその利用者さんにとっては最後のセラピストになる可能性が非常に高いんですよね。

年齢に関係なく、地域リハビリテーションにかかわるってことはそう言うことなんだってことです。

だから、どんな利用者さんを担当しても

ある意味覚悟が必要

何だと思います。

何ができるのかってことも大事だけど、まずは自分が最後のセラピストなんだってことを自覚することが大事なのだと思います。

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2018年同時改定や2025年問題、地域包括ケアシステム、子どものリハビリテーション、そんなテーマでさらに価値あるコラムを書いています。

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