観察と分析と仮説とボバースアプローチ

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あるブログで「ボバースセラピストの観察力・分析力が凄い!」って書いてあった。リンクしていいのかどうかはわからないからリンクしませんが、全国的にメジャーな理学療法士の方のブログでした、大学教授のようです。そんなブログを読んで、観察とか分析とか臨床推考について考えた。


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観察・分析・仮説

僕にとって、ボバースアプローチっていうのは

観察、分析、仮説、実践、またまた分析

それをひたすら繰り返すってことです。僕はボバース研究会の会員ですが指導者ではありません。だから間違っているかもしれません。あくまでも個人的見解です。

ボバースアプローチのことを知らない人にもそのように伝えています。

だから、僕にとってはそのように臨床に取り組むことが当たり前なことであって特殊なことではない。だけど、ボバースアプローチ以外のアプローチもそう言った点ではきっと同じでしょう。

だから、ボバースが特別な治療法だと思っていません。

ただ、観察、分析、仮説、実践の永久ループの質の高さがスゴイ高いんだと思います。

じゃあどれくらい質が高い?っていわれても難しいのですが

ケーススタディーとかで、泣きそうになったリ、答えられない、どうしようもない、立ち尽くす。

僕のことを個人的にご存じの方ならこれでわかるかな?

ケーススタディーで僕がこんな状態になるってことです。僕にもこんな時代があったんですよ。いつでも自信満々でこのブログでもエラそうなことを書いている僕でも、ボバースアプローチのケーススタディーではこんな風になります。

たぶん、今講習会に参加しても同じ状態になると思います。

それくらい、観察能力と分析能力がボバースセラピストには求められます。

臨床的推考

臨床的推考とかクリニカルリーズニングという言葉を聞くこともありますが、ここをとことん突き詰めていくんですよね。

意味のない、ハンドリングや治療プログラムなんであり得ない。

  • 今なぜそのようなハンドリングをしているのか?
  • 声掛けのタイミングはそれでいいのか?
  • 課題の提示の仕方は?
  • 段階付けのタイミングは?
  • 場面設定は?


いつでもそんなことを考えながら日々臨床に取り組んでいます。

ケースステディーではそんな質問が考える暇もないくらいバンバン飛んできます。上司も部下も先輩も後輩も関係なく、ガンガンきます。

正直泣きたいです。

今もそのような指導をしているのかどうかってことはわかりません。だけど、僕はそんな指導を受けました。

だから、観察能力、分析能力を磨くための努力はしました。

僕が授業を担当している学生にも常に観察の重要性は説いています。

日々永久ループ

つねに

観察、分析、仮説、実践、また分析の永久ループの中で臨床をしています。

僕は、ボバースを学んだだけで指導者ではありません。

だけど、永久ループの中で日々臨床していると、それなりに成長を感じます。

指導者っていうのはそのレベルが半端ないんです。

そら、大学の教授でもブログに書いてしまうよね。

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